「切腹を嫌ったから背開き」は、本当なのか

「切腹を嫌ったから背開き」は、本当なのか

うなぎの開き方には、腹開きと背開きがあります。 嘉門は、腹から開きます。

東と西で違う、という話はよく知られています。理由としてよく聞くのが、江戸は武士の町だから、腹を切るのを嫌って背から開くようになったというものです。

ところが調べていくと、この説明の足元が、だんだん怪しくなってきました。今日はその話をさせてください。

腹開きと背開き、何が違うのか

よく言われるのは、こういう分け方です。

Kanto
背から開く
串
竹串
頭
焼く前に落とす
焼き
素焼きにして蒸し、たれをつけて焼き上げる
Kansai
腹から開く
串
金串
頭
付けたまま焼き、最後に落とす
焼き
蒸さずに、炭火で焼き通す
嘉門は

腹開き、金串、蒸さずに焼き通します。ただ、頭は開くときに落としています。関西のやり方を、そのままなぞっているわけではありません。

道具にも東西があります。うなぎを割く包丁には江戸型、大阪型、京型、名古屋型があって、形がまるで違います。嘉門の大将が使うのは名古屋型。刃先が四角くて先の丸い、小ぶりな包丁です。ほかの型を持つと手が動かないそうです。

「切腹を嫌ったから背開き」は、本当か

江戸は武士の町だから腹を切るのを嫌った。関西は商人の町だから、腹を割って話す、で腹開き。よくできた話です。嘉門でも、そう聞いてきました。

ところが、食文化を研究している先生が、はっきりこう言っています。

これを具体的に記した文献は見当たらない

東四柳祥子さん(梅花女子大学教授・比較食文化論)の言葉。静岡新聞の記事より

近代の料理書を何百冊も集めて調べてきた方です。探したうえで「無い」と言っている。「たぶん違うだろう」という推測とは、重みが違います。

この先生は、こうも言っています。日本人はジンクスが好きで、食べ方や食材に意味を求めたがる。うなぎの開き方も、それに当てはめているのではないか、と。

では、江戸はなぜ背から開くようになったのか。いまのところ比較的うなずけるのは、蒸すためだという説明です。蒸すと身がやわらかくなります。腹から開いたものを蒸すと、身が割れて串から外れてしまう。身の厚い背側で開いたほうが都合がよく、串を四本打つのにも向いていた、というわけです。

縁起の話ではなく、段取りの話だった。そう考えるほうが、現場の感覚には近いように思います。

東と西では、説明のつかない町がある

もうひとつ、面白いことがあります。東は背、西は腹。そんなにきれいには分かれていません。

長野県の岡谷市。市内のうなぎ屋は全部が背開きで、しかも蒸しません。開き方は関東、焼き方は関西です。諏訪湖をはさんだ向かいの諏訪市は関東風なので、湖ひとつ渡ると変わることになります。

業界の規格を見ても、九州と北海道でよく流通しているのは「有頭背開き」。背開きなのに頭が付いている。関東でも関西でもない形が、いま普通に売られています。

土地ごとに、そこで良いとされた形が残っている。それだけのことなのだと思います。

落とした頭の、行き先

関西では、頭を付けたまま焼いて、最後に落とします。焼いているあいだに、頭にもたれが染みます。

その頭を「半助」と呼んで、焼き豆腐と炊いた料理が大阪にあります。農林水産省の郷土料理にも載っている、れっきとした一皿です。安く手に入る頭を捨てずに使う、始末の料理だそうです。

嘉門は開くときに頭を落としますので、たれの染みた頭は出ません。開き方がひとつ違うだけで、生まれる料理まで変わる。面白いものだと思います。

いちばん難しいのは、焼き

うなぎの世界には「串打ち三年、裂き八年、焼き一生」という言葉があります。辞書にも載っていて、そちらの見出しは「串打ち三年裂き八年火鉢一生」。桃栗三年柿八年のもじりだそうです。

面白いのは、この言葉が土地によって入れ替わることです。関西では「割き三年、串打ち八年」と言い、関東では「串打ち三年、割き五年」と言う人もいる。年数も順番も、場所によって違います。共通しているのは、焼きが一生だ、というところだけ。

嘉門の大将も、いちばん難しいのは焼きだと言います。理由は二つ。

ひとつは、うなぎに個体差があること。同じ日に仕入れた同じ大きさのうなぎでも、身の厚みも脂ののりも一尾ずつ違います。もうひとつは、炭の火力に強弱があること。炭は、ガスのように目盛りで揃いません。

つまり、毎回ちがう素材を、毎回ちがう火で焼くことになります。嘉門は蒸しません。やわらげる工程がないぶん、炭の前での判断が、そのまま仕上がりになります。

串打ち三年、裂き八年、
焼き一生。

手が覚えている形で、毎日焼く

開き方で味は変わるのか。調べてみましたが、開き方そのもので味が変わると書いている公の資料は、見つかりませんでした。味を分けているのは、蒸すか蒸さないかのほうです。

では、嘉門はなぜ腹から開くのか。そう習って、その形の包丁で手が覚えたから、です。縁起でもなければ、理屈でもありません。

腹から開いて、金串を打って、蒸さずに炭で焼く。形は変わりません。変わるのは、一尾ごとの身と、そのときの炭の機嫌だけです。

Related
地焼きを、冷凍で届けるということ
嘉

嘉門は岐阜・郡上大和で、蒸さずに炭火で直に焼く地焼きを守っています。ご注文を受けてから一尾ずつ焼いて、焼きたての香ばしさのままお届けしています。

郡上へお越しの折には、焼きたてを座敷でもどうぞ。

嘉門のうなぎを見る
地焼きうなぎ 嘉門
岐阜県郡上市大和町徳永164番地2
ブログに戻る

コメントを残す

コメントは公開前に承認される必要があることにご注意ください。