うなぎの産地は、生まれた場所ではありません
養殖うなぎの稚魚は、いまも天然のものだけです。冬から春にかけて海からやってくるシラスウナギを仕入れて、池で育てる。だから食品表示の決まりでも、産地には「主な養殖場のある都道府県名」を書くことになっています。生まれた場所を書く欄は、そもそもありません。
今日は、その「育った場所」の話です。国産うなぎのほとんどは、四つの県で育ちます。鹿児島、愛知、宮崎、静岡。それぞれの土地に、水の事情と、面白い話がありました。
Production四つの県で、国産の九割以上
2025年の養殖うなぎの生産量は、全国で17,557トンでした。内訳を見ると、上位四県だけで全体の九割を超えています。
ニホンウナギの養殖の許可を持っているのは、全国で19道府県。日本中どこでも育てているわけではありません。
Shizuoka静岡・浜名湖。養殖が始まった湖
浜名湖のほとりでうなぎの養殖が始まったのは、明治の中ごろから終わりにかけてです。誰が何年に始めたのかは、資料によって食い違っています。
面白いのは、そのころシラスウナギを育てていなかったことです。育てていたのは「クロコ」と呼ばれる、もう少し育ったうなぎでした。網にかかっても売り物にならず捨てられていたものを集めて、餌をやって大きくした。シラスウナギから育てるようになるのは、ずっと後のことです。
もうひとつ、浜松の人が変えたものがあります。池をビニールハウスで覆って水温を上げる育て方です。1971年に確立されたこのやり方で、出荷まで一年半から三年かかっていたうなぎが、半年から一年半で育つようになりました。いまの養殖池は、ほとんどがこの形です。
そして2026年7月、「浜名湖うなぎ」が、うなぎとして初めて国の地理的表示(GI)に登録されました。生産量では四番目の静岡ですが、地域ブランドとして国が認めた最初のうなぎは、この湖のものです。
国に提出された明細書より
脂ののりの良さと柔らかくふっくらとした食感などが需要者から評価され、一般的なうなぎと比べて高値で取引されており
ついでに、もうひとつ。総務省の家計調査で、うなぎの蒲焼きに使うお金がいちばん多いのは浜松市です。全国平均のおよそ二倍を使っています(お店で食べたぶんは含まれていません)。育てるだけでなく、よく食べる土地でもあるようです。
Aichi愛知・一色。川の水で育てる
愛知の主な産地は、西尾市の一色です。ここは、ほかの産地と水が違います。
多くの産地が地下水を使うなかで、一色は矢作川の水をそのまま池に入れています。1963年に「養鰻専用水道」を引き、川の水を引き込めるようにしました。天然に近い環境で育てる、という考え方です。
池が一気に増えたきっかけは、伊勢湾台風でした。高潮の被害を受けた海沿いの田を養殖池に変えていったことで、一色は大きな産地になります。
愛知県の水産試験場は、愛知のうなぎを「新仔と呼ばれる若いうなぎが多く、良質な脂が乗り、身と皮が軟らかいのが特徴」と書いています。新仔とは、その年に池に入れた稚魚を半年ほどで出荷したもののことです。
それと、一色のうなぎは背開きです。腹から開く関西と、背から開く関東。産地としては西にありますが、包丁の入れ方は江戸と同じです。
Kagoshima鹿児島・大隅。日本一を支える地下水
生産量日本一は鹿児島です。全国のおよそ四割を、この県が育てています。主な産地は、大隅半島の志布志と、薩摩半島の薩摩川内。シラス台地からわき出る地下水と、温暖な気候が、うなぎを育てる土地の条件です。
農林水産省の資料にも、鹿児島のうなぎは「温暖な気候と良質な地下水で養殖され、その品質や美味しさは贈答用としても人気」と書かれています。
ただ、日本一の県にも足りないものがあります。稚魚です。県内で獲れるシラスウナギだけでは池を満たせず、足りないぶんは県外や輸入でまかなっている、と地元紙が伝えています。
「鹿児島産」のうなぎが、鹿児島生まれとは限らない。産地とは育った場所のこと、というのは、日本一の産地でも同じです。
Miyazaki宮崎。池の底に、砂利を敷く
宮崎の養殖池は、少し変わっています。池の底に砂利を敷き、そこに棲むバクテリアに水をきれいにさせる。そうして水を循環させながら育て、出荷が終わると池を洗い、南国の日差しで干し上げて消毒する。県は、これを「宮崎方式」と呼んでいます。
宮崎で養殖が広がったのは1970年代でした。田んぼからの転換で、県の中ほどにある新富町や旧佐土原町を中心に池が増え、いまは全国三位です。
県のブランド「宮崎うなぎ」は、この宮崎方式の池で、稚魚から一貫して育てた二百グラム以上のもの、と決められています。
Taste産地で、味は変わるのか
ここまで読むと、産地ごとに味が違うように思えてきます。ただ、正直に申し上げると、いま挙げた味の言葉は、どれもその産地が自分の産地について書いた文章です。食べ比べて確かめた結果ではありません。
では、うなぎの味は何で決まるのか。公の資料をたどっていくと、産地の名前より先に、こんなものが出てきます。
愛知県の水産試験場によれば、うなぎは養殖すると大半がオスになり、オスは大きく育つと身が硬くなります。メスは大きくなっても身がやわらかい。そこで愛知県は、餌に大豆イソフラボンを混ぜて九割以上をメスにする方法を編み出し、特許を取りました。豆腐でおなじみの、あの成分です。
その年に池に入れて半年で出荷する新仔と、一年以上かけて育てるもの。同じ池の同じ稚魚でも、育てる長さで身の質は変わります。土用の丑の日に出回るうなぎの多くは、前の年に池に入ったものです。
池から上げたうなぎは、そのまま出荷しません。きれいな水に数日さらして、身を締めてから出します。産地では「立て場」と呼ばれる工程です。
もうひとつ、面白い研究があります。完全養殖のうなぎを、ふつうの養殖うなぎと食べ比べた試験で、食べた人は「脂がのっている」と答えたのに、成分を分析すると脂の量には差がなかった、という結果が出ています。私たちが「脂がのっている」と感じるものは、脂の量そのものとは限らないようです。
産地の名前より、
どう育てられ、どう焼かれたか。
Kamon嘉門のうなぎは
嘉門は、国産のうなぎを仕入れています。よいものを選んでいくと仕入れ先は時季で変わるので、産地をひとつに決めてはいません。
決めているのは、焼く日までの過ごし方です。店に届いたうなぎを、その日には焼きません。郡上大和の酒蔵が山から引いている水で、二、三日泳がせます。産地の立て場と同じことを、焼く直前にもう一度やっているようなものです。
そのうえで、蒸さずに炭火で焼き上げます。産地の名前より、そこから先で決まることのほうが、ずっと多いと思っています。
嘉門は岐阜・郡上大和で、蒸さずに炭火で直に焼く地焼きを守っています。国産のうなぎを郡上の水で泳がせ、ご注文を受けてから焼いて、焼きたての香ばしさのままお届けしています。
郡上へお越しの折には、焼きたてを座敷でもどうぞ。
嘉門のうなぎを見る岐阜県郡上市大和町徳永164番地2
- 水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」(生産量・養殖許可・新仔)
- 農林水産省 地理的表示 第177号「浜名湖うなぎ」
- 浜名湖養魚漁業協同組合(クロコ・加温養殖)
- 愛知県水産試験場「あいちのウナギの話」(新仔・雌化の特許・立て場)
- 西尾市「全国トップクラスの一色産うなぎ」(矢作川の水・伊勢湾台風・背開き)
- 農林水産省「鹿児島県の農林水産業の概要」
- 南日本新聞(鹿児島のシラスウナギ採捕と輸入)
- 宮崎県水産物ブランド推進委員会「宮崎うなぎ」(宮崎方式)
- 日本養鰻漁業協同組合連合会「国産ウナギについて」
- 総務省統計局 家計調査 品目別都市ランキング(うなぎのかば焼き)
- 岡村明浩ほか「完全養殖ウナギの食味評価」日本水産学会誌 87巻4号