山椒のひと振りは、臭みを消すためではありません

山椒のひと振りは、臭みを消すためではありません

うなぎに山椒をかけるのは、臭みを消すためだと言われます。

たしかに、昔はそうでした。けれどいまのうなぎに、消さなければならない臭みはありません。それでも嘉門は、蒲焼きに山椒を添えてお届けしています。あのひと振りは、消すためではなく、香りを立てるためのものです。縄文時代の土器から実が見つかるほど古い、日本にしかないこの香辛料の話をします。

山椒は、日本にしかありません

山椒は、ミカン科の落葉低木です。みかんや柚子と同じ科の木で、日本を原産とします。中国料理でおなじみの花椒(ホアジャオ)とよく似た名前ですが、あちらは中国原産の別の種類です。日本の山椒は、長いあいだ日本の山にだけ生えていた香辛料でした。

縄文時代の土器から実が発見されたほど、古くから食用とされてきた。

ニッポンドットコム「山椒」より

縄文の土器から、実が出てくる。日本でいちばん古い香辛料とも呼ばれるのは、そのためです。胡椒も唐辛子も、ずっとあとになって海を渡ってきました。この国の台所にいちばん長くいる香辛料が、山椒です。

ここは、話の種になるところです。麻婆豆腐のあの痺れは花椒のもので、うな重に振る山椒とは、そもそも別の木の実です。名前も味の向きも似ているのに、片方は中国生まれ、片方は日本生まれ。似たものが海を隔てて別々に使われてきた、ということになります。

粉になるのは、実のうちの果皮だけです。熟した実を乾かし、中の黒い種を取り除いて、残った皮をすりつぶす。種は粉にしません。あの香りは、皮にだけあるものです。

摘む時期で、呼び名も変わります。初夏、まだ緑のうちに摘んだ実は実山椒、または青山椒。粒のまま使うことが多いものです。黄みがかるまで待って摘み、乾かして果皮を挽いたものが粉山椒になります。同じ木から、違う薬味が採れるということです。この話は、あとでもう一度出てきます。

食べるだけでなく、薬にもなりました。熟した果皮を乾かしたものは、いまも生薬として扱われています。

鎮痛、抗菌、駆虫作用があり、芳香性苦味健胃薬、駆虫薬などの原料となります。

養命酒製造「生薬百選 八十四 山椒」より

山椒は、台所の棚にある薬のようなものでした。うなぎの隣に置かれるようになったのも、もとはそういう理由だったようです。

臭みを消すため、というのは昔の話です

農林水産省の広報誌は、うなぎに山椒を添える理由をこう説明しています。

昔の養殖ウナギはエサの影響でとても臭みが強かったそうです。その臭みを消すために山椒が添えられ、現在も習慣として残っていると言われています。

農林水産省の広報誌『aff』二〇一六年七月号より

同じ記事には、「山椒が胃酸に働きかけることで、脂っこいウナギの消化を助けるという効果もあります」とも書かれています。ただし、どちらも「と言われています」という書き方です。いつ、誰が、なぜうなぎに山椒を合わせはじめたのかを、はっきり記した史料は見つけられませんでした。山椒がうなぎの隣にいる理由は、じつははっきりしていません。

分かっているのは、臭みを消すという役目が、いまはもう要らないということです。嘉門は焼く日まで、仕入れた国産うなぎを古今伝授の里の水に放して泳がせます。臭みは、焼く前にそこで抜けていきます。

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消すものが、もう無い。それでも山椒を添えてお届けしているのは、別の仕事があるからです。

辛いのではなく、しびれるのです

山椒を口にすると、舌の上がすこし震えます。唐辛子を食べたときの熱さとは、別のものです。

しびれるような辛さは、辛み成分のサンショオールによるもの。

ニッポンドットコム「山椒」より

辛味の成分はサンショオールとサンショウアミド。そして香りのほうは、リモネン、シトロネラール、ベータ・フェランドレン、ゲラニオールといった精油です。名前は難しいのですが、鼻に届くのはひとつの香りです。みかんの仲間の木の実らしい、すっと通る清涼感です。

炭で焼いたうなぎは、余分な脂が炭に落ちて、香ばしい匂いを立てます。甘いたれの匂いも混じって、匂いだけで重たくなりかけるところへ、柑橘に近い香りがひと筋のぼる。それが山椒のしていることです。

消すためのひと振りではなく、立てるためのひと振りです。

山椒は、土地ごとに違います

山椒は、産地によって顔が変わります。二〇二一年、佐賀大学などの研究グループが、山椒を世界で初めてゲノムのレベルで分類しました。その結果が、こう報告されています。

各地の山椒がそれぞれ興味深い特色をもつことが分かりました。

佐賀大学のプレスリリース(二〇二一年三月)より。論文は『Scientific Reports』に掲載

土地ごとに違う。けれどいっぽうで、売られている山椒はほとんど一か所から出ています。

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和歌山県のサンショウの収穫量。全国の六割近くを占めて日本一です(平成三十年特産果樹生産動態等調査・近畿農政局の資料より)。

和歌山で六割近く。残りを高知や兵庫が分け合います。ふだん何も考えずに振っている山椒は、たいてい和歌山の山の味だということになります。

嘉門が蒲焼きに添えているのは、郡上の佐藤農園の青山椒です。さきほど書いた、緑のうちに摘むほうの実です。それを細かい粉にはせず、粗く挽いてお付けしています。うなぎを焼く炭も、焼く日まで泳がせる水も、たれのもとになるたまり醤油も、この郡上大和で手に入るものでやっています。薬味を選ぶときの考え方も、同じです。

Yakumi
郡上産/佐藤農園/粗挽き

蒲焼きに添えている青山椒。郡上で採れた実を、粗く挽いたものです。うな重でも紅白重でも、お付けしているのは同じものです。

香りは、逃げていきます

お願いしたいことが、ひとつあります。山椒の香りは、置いておくと抜けてしまいます。一九四七年から粉の香辛料を作っている向井珍味堂は、山椒についてこう書いていました。

色褪せて、更に香りや辛味も無くなってきます

向井珍味堂(一九四七年創業の香辛料メーカー)が、高温多湿の場所に置いた山椒粉について

山椒は光にも高温にも弱い、とも書かれています。封を切ったあとはしっかり閉めて、冷蔵庫か冷凍庫に入れておくと、色も香りも長持ちするそうです。小袋の山椒を、戸棚の奥で何年も眠らせないでください。香りだけが先に出ていってしまいます。

挽いてからの時間も、同じことです。だから嘉門は、挽いた粉を仕入れるのではなく、佐藤農園の青山椒を店で挽いています。お付けしているのは、挽きたての山椒です。

振るのは、温めたあと、箸をつける直前で十分です。熱の上がったうなぎに落ちた粉から、香りはいちばんよく立ちます。先に振って置いておくと、立ちのぼるぶんだけ逃げていきます。温め方は、こちらに詳しく書いてあります。

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白焼きには、山椒を添えません

嘉門では、蒲焼きにたれと青山椒を添えます。白焼きには、山椒を入れていません。代わりに添えているのは、畑中商店のたまり醤油そのものです。

白焼きは、わさびと塩か、たまり醤油をほんの少し。身そのものの甘みを見る食べ方なので、山椒の清涼感はかえって邪魔になります。たれの照りがのった蒲焼きにこそ、あのひと振りが効きます。薬味は、何にでも付ければいいものではありません。

山椒は、縄文の土器のころからこの国にあって、薬にもなり、うなぎの臭みを消す役も務めてきました。その役目が終わったあとも、うなぎの隣に残っています。残ったのは、消す力ではなく、香りのほうだったのです。

うな重の蓋を開けて、たれの匂いが上がってきたところへ、ひと振り。郡上の山にあった香りが、炭の香りの上にもうひと筋のぼります。それが、嘉門のうな重の最後のひと手間です。

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嘉

嘉門は岐阜・郡上大和で、蒸さずに炭火で直に焼く地焼きを守っています。ご注文を受けてから一尾ずつ焼いて、焼きたての香ばしさのままお届けしています。薬味の青山椒も、郡上のものを店で挽いてお付けしています。

郡上へお越しの折には、焼きたてを座敷でもどうぞ。

嘉門のうなぎを見る
地焼きうなぎ 嘉門
岐阜県郡上市大和町徳永164番地2
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